崖下【たまえ】
Ciao!
たまえです😸
この間の帰り道、はるちゃんが「とんちんかん」のことを「とんちんかんちん」って言っていて、漢字にすると「頓珍漢珍」になるな、漢が珍に囲まれてて見世物っぽくていいな、と思うなどしました。
○
「私は私のこと大好きだけど、私は私のこと嫌い。」っていうマインドが自分の均衡を保ってる。
これは私が以前Threadsで呟いてたことなんですが、判る通り私って、歪んだ自己愛に溢れている人間なんです。
というかずっと、あと1歩で自己愛性パーソナリティー障害だろうなと思って、崖から深淵を眺めています。
最近自分自身の好いた惚れたについて考える機会があったんですが、私の推しとか好きな人とかキャラクターとかって、全く別個体としての認識で好きというより、自分の1部として好きが強いんです。
ロールモデルとしてというのが解りやすいかな。「このキャラクター(人)を取り入れた先で生きてる私が好きだな!」って思える人が好きなんですよね。
今色々考えて、楽曲とかもそうなことに気がつきました。「この曲が似合う自分が好き」って思う曲が好き。
あらゆる矢印が最終的に自分に向いている、究極のテイカーみたいな人間ですが、まあ今のところ他人に害を為してるわけではないので、可愛いもんだな~と思っています。
これは8年前に魂に刻んだ、自分の核心になった言葉。

でもこいつは女装男なので今は複雑な気持ちになりますね。まあいいです、アイ★チュウはサ終したんで💫
○
ただ、ここまで自分を好きになる努力を頑張ってして、自分を愛せるようになったのは、自分しかそうしてやれる人が居なかったんだね、という結果でもあり、少し空虚だなって思います。
自己愛性パーソナリティー障害の人は、自分自身に自信が有るように見えて、実のところそうではないらしいです。そのくせプライドが高いから、その歪みが他人への攻撃に向くらしい。わかるよ。
他責が一周回った自責みたいなのを他人に見せつけて、罪悪感を植え付けようとするんだよね。
私は勤勉なタイプの人間なので、あらゆる本や記事を読んだりして、自己分析を徹底的にしてるから、深淵の1歩手前で留まれているけれど、そうじゃない人間がモンスターになって猛威を奮っているのを見ると、私って私でよかったな、と思います。
まあ暴れる前に引き返して自省するタイミングなんていくらでも有っただろ…...って思わなくはないですが。でもそれが出来ない環境だったかもしれないしね、根底には絶対に虐待があるからさ。自分の人生の手綱を、自分自身で握って良いって気付く機会がなかっただけ。
自分の手の中に何もないから、他人の人生の手綱を握ってコントロールしたがるんだよね。でもそれが完璧にできるほど器用な人は少ないから、人間関係が破綻していくんだと思う。
○
男から奪われたもの、失ったものを挙げたらキリがないですが
女から貰ったもの、満たされたものを数えると夜が明けるなと思います。
6/7にトレアカが有りますが、愉快な女同士でたくさんのことをお喋りしたいな!
私たちも準備万端でお待ちしております🤗