反性売買という言葉が、性売買当事者を遠ざけてしまうこと(田中円)
元々私たちは反性売買を名乗っていたが、最近は反性搾取という言葉を原則使っている。何故か。
反性売買という理念自体は変わらない、けれども、私たちの反性売買という言葉によって、舞台を観てみたいと思うけれども、自分は性売買当事者だから見てはいけない、そう思っていたというお客様がいることを知ったからだ。
元々今回のTWILIGHT LOVERSの前身でもあるメサイア・カーミラは、反性売買ミュージカルを歌っていた。今回のトワラバも同様に、全体のテーマが反性搾取となっている。
にも関わらず、性売買当事者に来づらいと思わせてしまうのは良くない。疑問のきっかけはそこだった。
私達は性売買を廃止したいと思っている、けれどもそこから抜け出すのは非常に難しい。性売買をセックスワークだと、自由な自己選択だとするリベラルの甘い誘惑もある。それでもそこから抜け出そうとする女性にこそ、私たちの芝居はなくてはならない。やりたくないのに、男性支配社会のシステムによって、やらされている性売買当事者が観に来て、自分たちに一番寄り添っていると思えるような芝居にしたかった。
にも関わらず、今ネット上で支配的なラディカル・フェミニズムの理論は、非常に性売買当事者に強いるものが大きいように感じている。
一番男の最悪な部分を見ている彼女らが、客の愚痴を言い合うラディカル・フェミニズムの場所がどこかにあるだろうか。
彼らはこっそりと専用掲示板で愚痴を言うことしか出来ない。
抜けるための支援や、社会的福祉は少しはあるだろう。
だが、ゴミ客の愚痴を言い合って、いつかやめるぞ! と覚悟するその日まで、寄り添ってくれるフェミニストはあまりいない。
それが性売買の合法化、非犯罪化を目的とするリベラル・フェミニストではあってはならないよ。
だって、性売買が女性性搾取の根源であることは、女はみんなわかってることだもの。
私達はラディカル・ヴィクティム・フェミニズムという理論を提唱している。
(ホームページのお知らせを少し遡ると読める)
ラディカル・フェミニズムにヴィクティムを追加しているのは、いつも性暴力被害者を、性搾取される女を、私たちの中心にして活動するラディカル・フェミニストでなければならないと思うからだ。
反性搾取という言葉は、韓国で元性売買当事者で、脱性売買支援をしている女性団体ムンチが使っていた言葉だ。
ここ数年で私たちが辿り着いた、私たちの「反性搾取」フェミニズムの集大成ミュージカル「TWILIGHT LOVERS」ぜひ見ていただきたいです。
🥀12/27(金)「TWILIGHT LOVERS」@池袋手刀🥀
すでに登録済みの方は こちら