言い訳したくなる青空(田中円)
バス停でバスを待っていた。50代ぐらいで白髪混じりの猫背の女性が先にいた。
待てど暮らせどバスが来ない。私は別のルートのバス停に向かって歩き出した。
少し歩いて、別のバス停につきバスに乗り、一息つく。すると、さっきの女が猛ダッシュで走ってくるのが見える。髪を振り乱し、猫背で左右に揺れながら、懸命に走ってくる。
閉まりかけたドアを運転手が開けて、「すいませんすいません」と言いながら女が、欠けた歯を見せ、上がった息で入ってくる。
ゼエゼエ言いながら女は私の席の前に座る。グレーの髪が私の顔に触れる。
バスは比較的混んでいる。優先席はいくつかあるが、図々しいおばさんが広めに座っていて、狭めの席が1席だけ残っている。後から乗ってきた元気そうな老婦人がそこに座ろうとして、やっぱり狭いからと、立つことを決めたようだ。
と、さっきの私の前の席の女が立ち上がり、彼女に席を譲った。
私がその時思ったのは(優先席に座らせたらいいのに)だった。だが、その後に私は、彼女の顔に釘ずけになったのだ。
彼女は「どうぞ~」と言いながら、顔をクシャクシャにして、満面の笑みを称えていた。
きっと彼女はそんな風に色んな場面で自分を譲り、バスに駆け込んでしまうように不器用で、仕事や家庭も上手くいかず、だから化粧も髪も整えられず、ぼろぼろの大衆服で猫背で、それでも自分の中の優しさや人への思いやりを大切にして生きている。
きっと明日同じような老婦人が来ても、私は(優先席に割り込んでお前は座れ)と思うだろうし、優先席のおばさんに(ちょっと詰めてやれよ)と思うだろうし、席は譲らないと思う。
それでも、なんだか泣けてくる。
そういう直球の、全身の、投げ打った優しさが胸をえぐる。私も人のために頑張っているのだと、言い訳もしたくなる、今日の朝は、そんな青空だった。
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