音楽サイボーグ@天極楽 如月
っていうほど歌上手くないんだけど、曲がりなりにも4年間音楽大学に通っていたので基礎知識的なものは身に染みている。
個として伸びるかは割と自主練と個人レッスンにかかっていて、とにかく音大では協調性を身につける訓練をする。
訓練というのはただみんなで楽譜を読みながら歌って曲数をこなす、というものではない。それぞれが1音1音にこだわりを持ったスペシャリストにならねばならないので、西洋音楽史から始まり楽譜の読み書きや細かい読み解きについて学習する"楽典"、初見の楽譜を瞬時に読み解き正しい音程とリズムで歌う"新曲視唱"、曲を聴いて耳と自分の音感だけを頼りにその場で楽譜に書き起こす"聴音"、わたしが通っていた大学は学部に関わらず、1年間は必修でピアノの授業があった。
このように、声に出して歌うに至るまでの工程が数えきれないほどある。"音楽大学"というより"音楽サイボーグ養成訓練施設"だった。
地図(楽譜)を渡されたら記された道筋通り、一歩も迷わずに目的地(曲の終わり)まで辿り着けるのが音大生としての絶対条件。寄り道をしながら好きに歩くことが許されるのは、目をつぶっても道筋通りに目的地まで歩ける人のみ。正直講師のスタンスにもよるけど、基本的に寄り道はあまり許されない。
ミュージカル的な言い方をすると、自由に感情のままにアレンジを加えながら歌うことが許されるのは本番近くの稽古から。それまでは基本的に楽譜通りに1音も間違わずに歌わなければならない。
どんなに有名で"この曲といえばこの歌い方だよね〜"みたいな共通認識があろうが、YouTubeや各サブスクに落ちている歌声付きの完成された音源を聴いて耳コピで練習するのはご法度で、自分で練習室にこもってピアノと向き合いながら1音1音鍵盤を押して楽譜を辿って地道に練習するのがスタンダード。世に出回ってる歌唱音源と楽譜は実は結構音やリズムが違ったりするので、耳コピで覚えて歌うとすぐ講師にバレる。まぁたまに売れっ子ミュージカル俳優や某有名メンズアイドルの個人レッスンを抱えてる講師だと"耳コピで練習していいよ"みたいなことを言うけど、これは本当にレアケース。そしてその講師は大体他の講師陣からめちゃくちゃ嫌われている。
なんでここまでサイボーグ的な訓練をする必要があるかと言うと、ミュージカルにおいて"ソロ曲"が与えられる人間、所謂プリンシパルになれるのは本当に一握りで基本的には全員アンサンブルだから。アンサンブルに不協和は許されない。プリンシパルになる訓練は個人でやれ、というスタンス。
・・・なんでこんな話を急にしたかと言うと、先日稽古で「ハモリが上手い」って褒められて、学生時代どんな練習してたかなぁと記憶を掘り起こしていろいろ思い出したので。
ハモリの練習方法はとにかく「自分が歌うパート含む、そこで鳴る音の全てを理解すること」から始まる。そこで鳴る音、とは単にソプラノ、メゾ、アルト等の各パートだけでなくピアノやオーケストラなどの伴奏も含む。ハモリは基本的には耳で聴いたときに美しく響いて聞こえるようにある程度の規則を守って作られているけど、たまに作曲者のこだわりでわざと1、2音ぐらい「え?これで本当に合ってんの?」というぐらい耳障りの悪い不協和音として作られているハモリがあったりする。合わせたときに気持ちよく聴こえる音と、わざと気持ち悪く聴こえる音が混ざっているのだ。だから、その楽曲に関わる全ての人間が全ての音を理解しないと、音楽として機能しなくなる。当たり前だけど、パートのうちの誰か1人だけ大きな声で歌ったり個性的な歌い方で歌うのは許されない。ひたすらに空気を読んで全員で色を合わせなければならない。
ミュージカルコースに所属していて、代ごとに特色というか"この代は個性爆発!実力派勢揃い!スター爆誕!の代"とか"この代は自己主張なしスーパー大人しい協調性の代"とか、なんとなくのカラーがあった。
わたしの代はめちゃくちゃ後者で、「あの子達、大丈夫...?めちゃくちゃ静かだけど、やる気ある...?」と職業会議で議題をかけられるほど本当に静かでぼんやりとした代で、"うるさい"とか収拾つかないタイプの問題児集団ではなく、"熱意が感じられない"タイプの問題児集団だった。
ただ、「己!己!己!自己主張!目指せプリンシパル!!!」の個性爆発でアンサンブルとしてのハーモニーがあまり機能していない代に比べて、わたしの代は良くも悪くも空気の読み合いがめちゃくちゃ上手くて自己主張もなくて協調性の塊だったので、めちゃくちゃハモリがうまかった。当時の作品の映像を見返すと、本当に本当に本当に上手くてびっくりする。
わたしが絶対音感や相対音感などの先天的な才能がなくても音程感や音価が備わってるのは、間違いなくこの環境のおかげだと思う。そしてこの協調性、大勢の中の1人、に慣れてしまったせいでトレメンドスに入ってえらい苦労することになる()
少し大袈裟に言うとわたしには"自分だけの歌い方"、が存在しなかった。というかみんなで歌ったりソロパートを歌うのは好きだけど、たった1人で最後まで持っていかなければならないソロ曲に対してめちゃくちゃ苦手意識があった。
わたしよりも遥かに歌の上手い人間がたくさんいて、歌唱力を武器にするのはとてもとてもとても×♾️無理な話で、でも芝居は好きだったし成績も悪くはなかったので学生時代の学内オーディションでも基本的に"よく喋るし歌う場面もあるっちゃあるけど、ソロ曲はない準プリンシパル"役を選んで受けていた。周りのみんなは常にプリンシパルの役を受けていたので、おかげさまで(?)わたしは学内公演でずっと自分の選んだ役をストレートに掴み取ることができていた。今の私を知る人は意外に思うかもしれないけれど、プリンシパルの役を受けようと思ったことも受けたいと思ったことも、一度もなかった。
ところがどっこい、トレメンドスに入団してからは今まで通りにはいかなかった。求められるのはアンサンブル的な力ではなく、華やかなプリンシパルの力。当然無理だった。やったことがなかったから。人生で自分が主役をやったり、がっつりソロ曲をもらう日が来るなんて想像もしていなかったし、プリンシパルになる、オンリーワンになるその覚悟も準備も、何もなかった。
初めて参加した「虐待の国のサラ」のレコーディングで、たった3行の歌詞に丸1日かかって、その日レコーディングする予定だった別のキャストがリスケせざるを得なくなったこと、えんさんに「歌うの、好きじゃないの?楽しくない?」と不思議そうに聞かれたことも、本当によく覚えている。そりゃそうだ。音大のミュージカルコース出身なのに歌に魂と力が宿ってなくて楽しそうじゃなかったら、誰でも不思議に思うだろう。あの日、"やっぱりわたし、歌うの好きじゃないのかも。てか、向いてないのかも。"とぼんやり落ち込み、1人で歌うことの恐怖がまさった。なんで今レコーディングのマイクの前で1人で立って歌っているのか、今何を求められているか、どんな風に歌ったらレコーディングを終われるのか、わからなくなった。なんとか録れたけど、本当に"なんとか録れた"という言葉がぴったりなほど時間がかかったし、とんでもない迷惑をかけた。
それなのに、それ以降歌唱パートが与えられなくなるどころか、わたしの伸び代を信じてくれたえんさんと知乃さんはわたしにたくさんのソロ曲の場面と、わたしにしか歌えないあてがきの歌詞を数え切れないほど与えてくれて、兄貴は本当に本当に本当に最高の、どこを探しても見つからない世界で1番の音楽を与えてくれた。そして劇団員達が「あなたは本当にいい声をしている。」と褒めてくれたとき、心底びっくりした。声を褒められたことなんて一度もなかったし、舞台に立ってパフォーマンスをすることは好きなはずなのに、映像を見返したり音源を聞き返すとき、自分の声が嫌で聞けなくて認められなくて耳を塞ぐほど、自分の声にしぬほどコンプレックスがあったから。
そんなこんなでみんなが褒め続けてくれて、自分だけじゃ気付けなかったわたしの歌やわたしが持つ声のいいところをたくさん伝えてくれて、アドバイスをくれて、挑戦の場面をたくさん与えてくれて、背中を叩き続けてくれたおかげで、気が付いたらだんだん歌うことが大好きになっていた。正直いまだに歌うことにとんでもなく緊張はするけど、あれほど聞きたくなかった自分の声が聞けるようになった。
何より嬉しいのは、たくさんのミリタントが「わたしの歌が好きだ」と伝えてくれたこと。涙を流してくれたこと。何度も、何度もわたしの歌唱音源を聴いてくれたこと。結局わたし達がいくら良いと思っていても最終的に評価して判断するのは客席に座るミリタント達だから、何度みんなに褒められても嬉しくて嬉しくて、魂が震える。みんながわたしの歌を楽しみにして期待してくれているのが、たまらなく嬉しい。わたしの歌は、わたし一人の力では作れなくて、本当にみんなのおかげで作り上げられた結晶そのものだ。わたしに歌をくれて、好きにさせてくれて、好きになってくれて、わたしを大勢の中の一人から唯一の存在にしてくれて、本当に、本当にありがとう。まだまだ未完成で未知数なので、これからもみんなにいい歌を届けられるように頑張ります。
いよいよ今週の土曜日はオクトーバーヒールフェスが待っている。
稽古場ではいろんな音楽が、歌声が飛び交っていて、それぞれ試行錯誤していて、ミリタント達が待ち侘びてくれているようにわたしもどんなフェスが完成するのかが楽しみで仕方がない。あ、歌だけじゃなくて短編演目「ペトルーシュカ」の上演もダンスもあるよ。フェスだからね。
何もかも忘れて、楽しむ心だけ持ってきてね。
新宿グラムシュタインで会おう。
HPはこちら→http://tremendous.jp/10heelfest/
チケット購入はこちら→https://tiget.net/events/349186
天極楽 如月
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