コピーページにはならない【紫京院瑞姫】

今回は全体公開!面白かったり共感したら読者/サポメン登録お願いします。(サムネ:佐々木啓太様撮影)
トレメンドス運営 2026.09.01
誰でも

お疲れ様です!紫京院です。

最近は劇団員経由で色んなコンテンツにハマってます。

意外と私って新しいものにハマらないというか、自分の文化が固着して増えない変わらないタイプなのでなんか珍しいなと思います。楽しいものが増えて嬉しい。

精神の余白みたいなものが出来たのだとも思う。なんか、ずっと体調が悪かった時、新しいものを受容する、とか物語を読むとかが出来なかった。ずっと疲れてて何かに追われてて、自分はこれをしている場合ではない、べきではない、みたいな。あと何かを好きになる時「完璧なオタク」にならなきゃいけないと思ってた。完璧じゃないと胸張ってそれを好きといっちゃいけないみたいな(これ意外と同じ考えの人いるのでは?)

最近はそういうのなしで、好きな時に好きなように見ていいんだと思うようになった。元々超ワンタスクの過集中人間なので映画とかドラマとかアニメとかも本腰入れて観ないと楽しめなかった(完璧に分からないといけないと思ってた)んだけど、サブスクのいいところって、巻き戻して観れるところなんですね?!?!?!(原始人)

これはかなり画期的だった。ながらで流しておいて好きな声が聞こえてきたら観に行って戻して観るとか、休憩中に好きな回だけ単独でみるとかしても楽しめる。断続的に物語を見るくらいなら、全部通して一気に見れないなら観れない、というゼロヒャク思考があった。コーピングにさえ、「べき」思考を持ち出したらそれは疲れるよな、と思った。

本とかも、積読をめちゃめちゃするタイプで、家に読んでない綺麗な本がいっぱいあるんだけど、積めば積むほど触るのが億劫になっていたのが、案外軽いノリで読み始めると読める。

これも、読むのなら一度で覚えなきゃ、参照も出てくる度に巻末見て完璧に理解しなきゃと思ってて、それはそれで嫌いじゃないけど楽しく続けられるほどじゃない。いっそそれを楽しくやり続けられる人だったら良かったのにとも思った。

本も、自分のものなんだから書き込みとかして好きなところとか覚えていたいところは何度でも見返したらいいんだけど、本は「売れるように」使うという発想が根付いてて書き込みが出来なかった。

スキーマワークブックも最初はそれがすごい苦手だった。

売れるように、というのはそのままの意味で、読み終わったら中古で売るということ。だから、売って仕舞えばもう読めないから、ずっと自分の頭で覚えてないといけない。今は携帯を持ってるから別に本を手放すとて好きなページは写真に撮ればいいだけだけど、子供の頃は携帯持ってないし。買ってもらう本も中古が多かった。父親が資源ゴミから拾ってきた本を与えられて読んだ(汚) 空き缶捨て場の独特の匂いと紙の匂いが私の中では紐づいてる。

あとはガリ勉。参考書も赤本も、同じものを繰り返し解くことが大事だから書き込みは絶対NGだった。これは自分の意思だな。だから家とか学校で湯水のように印刷機を使ってた。年度・学部別で何冊も持っていた赤本も、何回も印刷して何回も解いたのに、全部売ってしまった。ちょっとくらい手元に残しておけばよかったな、と思う。頑張った私をちょっとでも形として残しておきたい。

スキーマワークブックも、書道みたいに本腰入れてない普通に書いた汚い自分の字が残るのが嫌で(ちゃんと書かない字が汚いって思うスキーマもある)、しかも言えないような気持ちとかが残ってしまうとか超嫌で、書き始めた時自分はゴミを生産しているんじゃないかと思って本当に億劫だった。あと、一度書いてしまえばもう二度と書けないから、もう一回やりたいってなった時どうすればいいんだ、全てやり終わってしまったらそこで回復は停滞するのか、なんて思って(まだ終わってもないのに、全てやり終えた先の回復を見据えた、回復に終わりがあると思っていたのも今思えば解釈違いだし焦りすぎだけど)

どこかのタイミングでそれを円さんに話したら、もう一回買ってやればいいよって言われて目から鱗で、まあ言われてみれば当たり前なんだけどこれまでなかった発想すぎた。同じ本ってもう一回買えばもう一回出来るし、スキーマワークブックも何回もやっていい。

確かに、本当に大事な本はこれまで書い直したこともある。

子供の頃読んでて好きだったけど実家にあって、取りに行くのは億劫だし重いから、メルカリで買ったシリーズものの児童書。

あと同じ本が並んでるのも楽しくて好き。お客様が公演で『共産党宣言』をプレゼントしてくれて、それが新訳で、私は自分で旧訳を持っているから私の家には共産党宣言は2個あって、それですごい嬉しくて盛り上がったのも幸せで特別な思い出だし、ただ物としてではなくてエピソードとして、相手との思い出や楽しさとセットだから、そういうのも私を「本を一度で頭に入れて綺麗な状態で売らねばならない」という「べき思考」から解放してくれた。女との思い出の品を、私を想って選んだ本を売るとかあり得ないからな。本が机上だけものではなく、いろんなところにあって、追われるレポート用ではなく、自分の生活の上にあるものになった。頭と気持ちは別物だと思った。

それに、どんなものであれ相手を思って選んで送るのは愛だと思うし、本を勧めるとかそれを読んでくれるのとかって結構好きなコミュニケーションだなと平安貴族のロマンチストモードのみーじゃは言ってます。

今のお部屋では本棚の上を祭壇にしてるので、そこを見ると楽しくて好きなものしかなくてそれが増えていくのが幸せ。マルクスとプリパラが共存するみじゃワールド。

私が自分の文化を固定して増やさない変えないというのも、逆に「変わりやすい」という性質をこれまで使いすぎたからというのもあると思ってて。前回のレターにもちらっと書いたけど、男に合わせて音楽の趣味を変えるとか、家でアニメ観させられ漫画読まされとかをすごいしてた。私といて楽しいって思われなかったら嫌だった。話が合う同じジャンルのオタクの女と浮気されたら嫌だから自分が1番詳しくならなきゃいけない、好きでもないのに。それで結局そのコンテンツごと嫌いになるのをあらゆるコンテンツでやっててこの世の全てが地雷みたいになってた。

そこまで執着してる男相手じゃなくても、モブ男からでも、男に勧められるものはやっぱり全部面白くなくて、でも男と縁切って女と同じもの観たら面白くてハマったってことあるから、結局相手次第だなと思う。男といる時に何したって解離して何も残らない✌

何より「相手に好かれようと思って観る、読む、聴く」から相手の望む解釈をしなきゃと思うし、男が満足しそうな女の反応をしなきゃと思う(理解できてないフリをする、オタク語りをさせ相手を立てる、など)、なので嫌だ、みたいなことが娯楽コンテンツでさえ起こり、全てが最初からつまらない。

というか男が皆オタクなのでそういう奴らが勧めるってことはつまんねー萌えコンテンツなんだろと思って、コンテンツにも風評被害すぎた、男ってカス。

あとどんなコンテンツもやっぱり性的に消費するし、そういうのを間近で感じるのも嫌だったし自分もそうやって消費されなきゃいけないのに、なれないっていうつまんない嫉妬をしてる自分も嫌だったし男もキモいし男のためにどんな作品にも必ず女の性搾取エッセンスが垂らされてるのがほんとにキモかった。

こうして外在化してみると自分の「こうするべき」がいかに的外れで、自分を苦しめているかが分かるな。このレターを書き始めるにもすごい時間がかかった。話題が、あまりに日常的すぎるから、もっとなんか壮大なことないんか?みたいに思ったけど、元々壮大なことなんてなかったので、今後も色んなことを外在化してみようと思います。

これに書いた私みたいなスキーマに心当たりはありましたか?

ぜひ感想聞かせてください。

直近ではハウス・オブ・トレメンドスのプレ開催!

『セルフヘルプ・クッキング!』

📅9/20(日)

そして新作上演🥀

『R30 - 逆リトルブラック-』

📅10/3(土)

🎪港区リーブラホール

気軽に遊びに来てください。

ではまた!次のレターもお楽しみに🪽

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